Inference

推論

Inference とは

Inference(推論)は、訓練済みの AI モデルを使って、新しいデータに対して予測や生成を行うプロセスです。

例え話をしましょう。あなたが料理を学ぶとします。

Training(訓練)フェーズ

  • 料理学校で学ぶ
  • レシピを覚える
  • 何度も練習する
  • 技術を習得
  • 時間がかかる(数ヶ月〜数年)

Inference(推論)フェーズ

  • 習得した技術を使う
  • 実際に料理を作る
  • お客さんに提供
  • 素早く(数分〜数十分)

AI も同じです。Training で学習し、Inference で実際に使います。

Training と Inference の違い

Training と Inference は、目的も必要なリソースも大きく異なります。

Training(訓練)

目的:
モデルのパラメータを学習

プロセス:
1. 大量のデータを用意
2. モデルに入力
3. 出力と正解を比較
4. 誤差を計算
5. パラメータを更新
6. 繰り返し

特徴:
- 時間がかかる(数日〜数週間)
- 大量の計算資源が必要
- GPU/TPU クラスターを使用
- コストが高い(数百万〜数億円)
- 一度だけ実行(または定期的に再訓練)

Inference(推論)

目的:
訓練済みモデルで予測・生成

プロセス:
1. 新しいデータを入力
2. モデルが処理
3. 結果を出力

特徴:
- 速い(数ミリ秒〜数秒)
- 比較的少ない計算資源
- CPU でも可能(GPU があれば高速)
- コストが低い(数円〜数百円/リクエスト)
- 頻繁に実行(1秒に何千回も)

比較表

               Training        Inference
目的           学習            予測・生成
頻度           稀              頻繁
時間           長い            短い
リソース       大量            少量
コスト         高い            低い
データ         大量            単一または小バッチ
パラメータ更新 あり            なし

Inference の種類

Inference には、いくつかの実行方式があります。

Real-time Inference(リアルタイム推論)

特徴:
- 1つのリクエストを即座に処理
- 低レイテンシ(数ミリ秒〜数秒)
- サーバーが常時起動

用途:
- チャットボット
- リアルタイム翻訳
- 音声認識
- 画像分類(カメラアプリなど)

例:
ユーザー: 「こんにちは」
→ AI が即座に応答(1秒以内)

Batch Inference(バッチ推論)

特徴:
- 複数のリクエストをまとめて処理
- スループット重視
- レイテンシは高くてもよい

用途:
- 大量の画像処理
- データ分析
- メール分類
- レコメンデーションの事前計算

例:
1万枚の画像を一晩でまとめて処理

Streaming Inference(ストリーミング推論)

特徴:
- 出力を段階的に生成
- リアルタイムで結果を返す
- ユーザー体験の向上

用途:
- LLM のテキスト生成
- 音声合成
- 動画処理

例:
ChatGPT の応答が、
一文字ずつ表示される

Edge Inference(エッジ推論)

特徴:
- デバイス上で推論
- クラウドに送信しない
- プライバシー保護
- オフライン動作

用途:
- スマートフォンアプリ
- IoT デバイス
- 自動運転車

例:
iPhone の Face ID は、
デバイス上で顔認識

Inference の最適化

Inference を高速化・低コスト化する技術があります。

Model Quantization(量子化)

モデルのパラメータの精度を下げる

例:
32-bit 浮動小数点 → 8-bit 整数

メリット:
- モデルサイズが 1/4
- 推論速度が 2〜4倍
- メモリ使用量が削減

デメリット:
- 精度がわずかに低下(通常 1〜2%)

用途:
Edge デバイスでの推論

Model Pruning(枝刈り)

不要なパラメータを削除

例:
1億パラメータ → 5000万パラメータ

メリット:
- モデルサイズ削減
- 推論速度向上

デメリット:
- 精度低下のリスク

プロセス:
1. 重要でないパラメータを特定
2. 削除
3. 再訓練(Fine-tuning)

Knowledge Distillation(知識蒸留)

大きなモデル(教師)から小さなモデル(生徒)へ知識を転移

例:
GPT-4(大) → GPT-3.5(小)

メリット:
- 小さいモデルで同等の性能
- 推論速度が大幅に向上

プロセス:
1. 大きなモデルで推論
2. 出力を「ソフトラベル」として使用
3. 小さなモデルを訓練

Caching(キャッシング)

同じ入力に対する結果を保存

例:
質問: 「東京の人口は?」
→ 初回: モデルで推論(1秒)
→ 2回目以降: キャッシュから返す(数ミリ秒)

メリット:
- 大幅な速度向上
- コスト削減

注意:
- キャッシュの更新タイミング
- メモリ使用量

Batching(バッチ処理)

複数のリクエストをまとめて処理

例:
10個のリクエストを個別に処理: 10秒
10個をまとめて処理: 3秒

メリット:
- スループット向上
- GPU 使用効率の向上

デメリット:
- レイテンシの増加
- 実装の複雑さ

Inference のハードウェア

使用するハードウェアによって、性能とコストが変わります。

CPU(Central Processing Unit)

メリット:
- 広く利用可能
- 安価
- 小さいモデルには十分

デメリット:
- 大きいモデルでは遅い
- 並列処理が苦手

用途:
- 小規模モデル
- 低頻度の推論
- Edge デバイス

GPU(Graphics Processing Unit)

メリット:
- 並列処理が得意
- 大きいモデルでも高速
- 深層学習に最適

デメリット:
- 高価
- 消費電力が大きい

用途:
- LLM の推論
- 画像生成
- リアルタイム推論

人気の GPU:
- NVIDIA A100
- NVIDIA H100
- NVIDIA T4(コスパ良)

TPU(Tensor Processing Unit)

Google が開発した AI 専用チップ

メリット:
- AI 処理に特化
- 非常に高速
- 電力効率が良い

デメリット:
- Google Cloud のみ
- カスタマイズ性が低い

用途:
- 大規模 AI サービス
- Google のプロダクト

専用チップ

Apple Neural Engine:
- iPhone、Mac に搭載
- オンデバイス AI

AWS Inferentia:
- AWS の推論専用チップ
- コスト効率が良い

Inference のコスト最適化

本番環境では、コスト管理が重要です。

コスト構造

主なコスト:
1. 計算コスト(GPU/CPU 使用料)
2. ネットワークコスト(データ転送)
3. ストレージコスト(モデル保存)
4. メモリコスト

大部分を占めるのは計算コスト

最適化戦略

1. モデルサイズの削減
   - Quantization
   - Pruning
   - Distillation

2. キャッシング
   - 同じクエリは再計算しない
   - Redis などを活用

3. オートスケーリング
   - 需要に応じてリソースを調整
   - アイドル時はスケールダウン

4. リージョン選択
   - ユーザーに近いリージョン
   - コストの安いリージョン

5. Spot/Preemptible インスタンス
   - 最大 90% のコスト削減
   - バッチ処理に最適

コスト例

GPT-4 API:
入力: $0.03 / 1K トークン
出力: $0.06 / 1K トークン

1日 10万リクエスト、各100トークン:
→ 月額コスト: 約 $90,000

最適化後(キャッシング 50%):
→ 月額コスト: 約 $45,000

50% のコスト削減

Inference のベストプラクティス

効果的な Inference のためのベストプラクティスです。

1. 適切なモデルサイズ

タスクに応じた選択:

簡単なタスク(分類、感情分析):
- 小さいモデル(BERT base、DistilBERT)
- CPU で十分

複雑なタスク(生成、推論):
- 大きいモデル(GPT-4、Claude)
- GPU 必須

バランスが重要

2. モニタリング

監視項目:
- レイテンシ(応答時間)
- スループット(処理数/秒)
- エラー率
- コスト

ツール:
- Prometheus
- Grafana
- CloudWatch

3. A/B テスト

複数のモデルやパラメータを比較:

モデル A: GPT-4(高精度、高コスト)
モデル B: GPT-3.5(中精度、低コスト)

ユーザーの 10% にモデル A
90% にモデル B

結果を分析して最適な選択

4. エラーハンドリング

Inference は失敗することがある:
- タイムアウト
- メモリ不足
- モデルのバグ

対策:
- リトライロジック
- フォールバック(別モデル)
- ユーザーへの適切なエラーメッセージ

まとめ

Inference は、訓練済みの AI モデルを使って予測や生成を行うプロセスです。実際のアプリケーションで AI を動かす際の中心的な概念であり、コスト効率と速度の最適化が重要です。

重要なポイント

  1. Training との違い - 訓練は学習、推論は実行
  2. 種類 - Real-time、Batch、Streaming、Edge
  3. 最適化 - Quantization、Pruning、Distillation、Caching
  4. ハードウェア - CPU、GPU、TPU の使い分け
  5. コスト管理 - キャッシング、スケーリング、適切なモデル選択

Inference が重要な場面

  • 本番環境での AI アプリケーション
  • リアルタイム応答が必要なサービス
  • 大規模な AI サービス
  • コスト最適化が求められる場合

最適化のポイント

  • タスクに適したモデルサイズ
  • 適切なハードウェア選択
  • キャッシングの活用
  • モニタリングと継続的改善

Inference は AI 開発において、Training と同じくらい重要です。優れたモデルを訓練しても、Inference が遅い、コストが高いでは、実用的なサービスになりません。適切な最適化により、高速で低コストな AI サービスを実現できます。ユーザー体験とビジネスの成功のためには、Inference の理解と最適化が不可欠です。